最新の記事一覧

 

萩焼について 「萩焼茶碗」の高台

萩焼について 「萩焼茶碗」の高台 高台とは茶碗の底部分を構成している部分を言います。 萩焼茶碗の高台は、高台部分が切れているものが多く見受けられます。 切高台と呼ばれていますが、なぜ切り始めたのかは諸説あり、現在も謎に包まれております。 こちらは割高台と呼ばれています。 ...

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萩焼について 「萩焼茶碗」の釉薬

萩焼について 「萩焼茶碗」の釉薬 「萩焼茶碗」の釉薬は、長石粉に木灰を混ぜて焼成した透明釉が基本です。 長石粉と木灰に藁灰を混ぜて焼成すると白萩釉になります。 こちらは、萩焼人間国宝 11代三輪休雪(壽雪)先生の鬼萩割高台茶碗です。 萩焼専門店発祥の地 三輪清雅堂で鬼萩茶...

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萩焼について 「萩焼茶碗」の作風に大きな影響を与・・・

萩焼について 「萩焼茶碗」の作風に大きな影響を与えた毛利秀元 江戸時代初期に、萩藩の藩政を握っていた毛利秀元は萩焼茶碗の作風に大きな影響を与えました。 萩焼茶碗にみられる織部好みの作風は、織部門下の秀元の影響によるものとされております。 10月14日(日)まで茶の湯に精通...

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萩焼について 天下人が愛でた「萩焼茶碗」

萩焼について 天下人が愛でた「萩焼茶碗」 古来から、日本人は、神仏(大いなるもの)に対して抹茶を点てた茶碗をお供えしておりました。 日本人にとって緑の抹茶は天地大自然の象徴と捉えておりました。 抹茶を服する事で「さとりの境地」を求め修行に励んだり「不老長寿」を願いました。...

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萩焼について 萩焼の開祖が使用していた萩焼の主原・・・

萩焼について 萩焼の開祖が使用していた萩焼の主原土「大道土」 萩焼の主原土「大道土」(だいどうつち)は耐火度に強い良質の粘土です。 こちらの写真は山口県内周辺(山口市・防府市・宇部市)から採掘した「大道土」の原土です。 「大道土」に釉薬を掛けて酸化、中性、還元で焼きますと...

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萩焼について 萩焼の「灰被窯変茶碗」の色調

萩焼について 萩焼の「灰被窯変茶碗」の色調 萩焼の連房式登り窯とその焼成技術は、朝鮮半島から伝わりました。 こちらは窯の中で焼成中に灰が茶碗に被り、直接炎が強くあたり紫ピンク色になっております。 偶然の産物とも言える窯変の不思議「灰被窯変茶碗」 萩焼有名作家の優作「灰被窯...

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萩焼について 萩焼の「七化け」と「鬼萩」

萩焼について 萩焼の「七化け」と「鬼萩」 萩焼の焼成時間は、1日~1日半と短いため、陶土がしっかり焼きしめていません。 そのため陶土は生きており、抹茶などの色のある色素が釉薬や陶土に染込み深い味わいが生まれます。 鬼萩とは、土は荒く小砂や大砂などを大量に混ぜ作風が豪壮で力...

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明治維新150年「猛虎」吉田松陰先生の萩焼茶碗が・・・

明治維新150年「猛虎」吉田松陰先生の萩焼茶碗が萩で発見!!⑤ 松陰先生の没後 松下村塾の双璧と称された高杉晋作と久坂玄瑞は、細谷村にあるの高山彦九郎(高山家)の墓を訪れています。 きっと、高杉晋作と久坂玄瑞は、松下村塾で高山彦九郎を讃えた松陰先生遺愛の萩焼茶碗で抹茶を一...

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明治維新150年「猛虎」吉田松陰先生の萩焼茶碗が・・・

明治維新150年「猛虎」吉田松陰先生の萩焼茶碗が萩で発見!!④ 嘉永3年 九州遊学時に松陰先生は、萩のおみやげとして萩窯所の萩茶碗を平戸の葉山佐内先生に持参しております。 松陰先生や高杉晋作は、武士の嗜みとして一服の抹茶を味わい、日本の未来を考えながら世界を見据えておりま...

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明治維新150年「猛虎」吉田松陰先生の萩焼茶碗が・・・

明治維新150年「猛虎」吉田松陰先生の萩焼茶碗が萩で発見!!③ 若き松陰先生 嘉永4年5月「高山彦九郎伝」について記す。 兄の梅太郎宛に送った松陰先生の書状には 「高山彦九郎伝」を読み、彦九郎こそ武士の鑑であり、萩藩の義勇ある藩士たちが「高山彦九郎伝」を読めば必ず感激する...

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