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「萩色の旅」~萩に来て新しい萩の風を感じてみませんか?「光悦茶碗謎解明」光悦茶碗研究の第一人者 三輪正知氏による異端の書 利休(陰陽哲理)を超えた光悦の茶碗は、日本民族の自己を覚醒させる為のものだった!!令和8年3月20日(金)地元情報新聞「スポット山陰」一面で紹介されました。

「萩色の旅」~萩に来て新しい萩の風を感じてみませんか?「光悦茶碗謎解明」光悦茶碗研究の第一人者 三輪正知氏による異端の書 利休(陰陽哲理)を超えた光悦の茶碗は、日本民族の自己を覚醒させる為のものだった!!令和8年3月20日(金)地元情報新聞「スポット山陰」一面で紹介されました。

利休(陰陽哲理)を超えた光悦の茶碗は、日本民族の自己を覚醒させる為のものだった!!

今、神々は〝世界の目覚め〟が再び、〝日出処〟から始まることを望んでいるのではないか。実は、法華経を説かれたゴータマ・ブッダ(覚者)より遥か久遠の昔からブッダ(覚者)はおられた。隠された大宇宙の真理を解放したブッダ(覚者)の教えは、この地球上において、須弥山(日月星の世界)にたとえられた「チベット・カイラス山」から始まり、古代の西アジアに伝播した。20年以上前、この世とあの世を繋ぐ七福神の筆頭格・恵比寿神は、日本の神ではなく古代西アジアのエブス人だった─と日本人研究者達によって新説が発表されたが、ブッダ(覚者)の教え(日月星)は、そのエブス人によって古代東アジアにも伝えられた─と私は考えている。 祈りの焼物が誕生した縄文~弥生時代には、日月星の信仰が広まり、江戸時代初期になると〝心を導く者〟として本阿弥光悦が出現する。大芸術家で茶人でもあった光悦は生涯、法華経[日月と蓮華(星)]を尊び、手捏ねと轆轤を用いて茶碗を作陶した。世界を見据えた光悦の茶碗は、宝船に乗った七福神の縁起物の形で、「トウエビス」と呪文を3回唱えて毛利氏の登窯で焼かれた。天地大自然の象徴である緑鮮やかな抹茶を内服する者は、自己の解放者(ブッダ=覚者)となり、永遠の生命を覚知できる─という異端の書である。

「萩光悦」三碗