幕末に生きた禅者 高杉晋作が描いた茶碗そっくりの「瓢箪入り萩焼呉器茶碗」発見!!

幕末に生きた禅者 高杉晋作が描いた茶碗そっくりの「瓢箪入り萩焼呉器茶碗」発見!!

 

今年は明治維新150年を迎えました。

萩焼の三輪清雅堂では、幕末の志士が愛した萩焼茶碗を公開いたしております。

現在、吉田松陰先生遺愛の萩焼茶碗特別鑑賞会が好評開催中です〔予約制〕

また、こちらの高杉晋作直筆書画も公開いたしております。

 

 

今年になって、幕末に生きた禅者 高杉晋作が描いた茶碗そっくりの「瓢箪入り萩焼呉器茶碗」が発見されました!!

呉器茶碗の形は高台が高く外に開いているのが特徴です。禅寺で日常使う木椀の御器に似るところから名づけられたと言われています。

維新前後に焼かれた萩焼茶碗とみられます。

携帯の瓢箪に酒を入れていた晋作は、茶碗で「抹茶」と「酒」の両方を楽しんでいました。

晋作は「おうの」に自作の茶杓を贈るほど茶道の嗜みもあり、また茶碗酒を飲んでいた事が記された書簡もあるそうです。

明治維新150年のロマンを感じるか感じないかはあなた次第です!!

萩焼専門店発祥の地 三輪清雅堂では、ご希望の方にお抹茶を一服差し上げます。〔予約制・無料〕

 

高杉晋作直筆書画について

元東京国立博物館美術課長で古筆学研究の第一人者として知られます小松茂美先生が高杉晋作の直筆と鑑定された書画。

~高杉晋作が芸者描き、川柳つづる~

東行(とうぎょう) 當(あ)てにした客はまだ来じ 郭公(ほととぎす)

高杉晋作が「東行」と名乗り始めた時期は、奇兵隊を組織した25歳(1863年)で、書かれた年代は63年~67年の間。

こちらの直筆書画は、晋作が自分の帰りを待ちわびる愛人「おうの」を想い、即興で筆を執ったものです。

晋作は「おうの」に、自作の茶杓銘「梅處」を贈っています。晋作の死後、「おうの」は「梅処尼」と名乗り尼になります。「梅処」の名は晋作自作の茶杓の銘から来ております。激動時代の中、この2人が一服の茶を通して、至福のひとときを過ごした様子が伺えます。