萩焼卸商三輪清雅堂の始まり
![]() ![]() ![]() 初めに三輪家のルーツであります京槌と言う人が山口県防府市の大道(萩焼原土の主 流であります大道土が採取される地域)から萩へ移り住んできました。 その後、京槌の息子であります金槌が家を継ぎましたが、金槌には子供がいなかったため、私の大 祖父であります正治(明治三十七年三月五日生〜平成六年六月十五日没)が養子として 三輪家に入りました。 私の聞いたところによりますと、大祖父は、戦前(明治〜大正) を中心に石川県の輪島塗(漆器)の商いをしていたそうで、戦中になりますとある伝統窯 の知人から「三輪さん、店に萩焼を置いちゃったらどうかね」と勧められ、萩焼を仕 入れるようになりました。これが萩焼卸商三輪清雅堂の始まりになります。 |